読書メモ:ランディ・オルソン『なぜ科学はストーリーを必要としているのか──ハリウッドに学んだ伝える技術』…
なぜ科学はストーリーを必要としているのか──ハリウッドに学んだ伝える技術
- 作者: ランディ・オルソン,Randy Olson,坪子理美
- 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
- 発売日: 2018/07/20
- メディア: 単行本
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なぜ科学はストーリーを必要としているのか。
それは人間の脳がストーリーでしか理解できないからである。
現在科学業界で標準的とされるIMRAD形式の論文はつまるところハリウッド言うところの三幕構成、つまり【Introduction → Methods Results → Discussion】で構成されている。
これは紛れもないストーリーの骨組みである。
しかしながら、科学者は、科学がストーリーの形式で人々の間を伝達されることにあまりに無自覚であり、そのコストが学生の居眠り、ワクチン問題、放置される温暖化問題として現れている。
したがってこの私、海洋生物学で教授職を得たのちに、自らそれを捨て去り20年間ハリウッドで修行してきたこのランディ・オルソンが、ストーリーの大切さを科学者どもに教示してみせようではないか。
…とまあ大まかにはこんな感じの内容である。
20年前、筆者がハリウッドに転身したときには相当先見的な視点であったことは間違いないが、最近では割とこのことに自覚的な科学者も増えているようには思う。
読みながら、村上龍が言っていた「すべての物語は穴に落ちて、そこから這い上がる」という言葉を思い出した。おそらく古今東西にこういった言葉があるのだろう。
そういう観点から見てみると、Introductionで舞台設定し、込み入ったmethodsとジャンクデータのようなresultsの藪の中に迷い込み、なんとか意味ある結果を見出して、conclusionに帰還する。これも穴に落ちて、這い上がる過程に似ている。
ハリウッド仕込みをアピールするだけあって、読みやすく、さらさらと読めたが、根本的に物語は人の脳内しか存在しない虚構であり、世界には意味も目的も課題もなく、科学は本来的には世界を説明し予測し制御するためのものである、ということには常に自覚的でないと危険なこともあるように思った。