真の動機は自分からも隠されている−『人が自分をだます理由:自己欺瞞の進化心理学』
自分は自分について驚くほど知らない。自分の動機は自分からも隠されている。近代的にはフロイトに端を発するこの隠された動機についての考え方は、進化心理学によって大きく飛躍することになった。
本書は認知心理学や進化心理学の過去の知見をわかりやすく紹介すると同時に、個人レベルのみならず社会の制度がなぜこのような形になっているのか、そこに隠された動機があるという観点についても考察を進めている。著者二人はソフトウェアエンジニアと、経済学の研究者であり、進化心理学の専門家ではない。そのため、進化心理学に関する最新の知見というよりは、過去の研究を分かりやすく一般向けにまとめた本になる。
若干刺激的なテイストで書かれており、面白く読み進めることができた。
人間の脳の進化を考える上で、2つの淘汰圧を考えることができる。
- 協力の機会:捕食者を撃退、火を扱う、新しい食糧源を見つけるなど
- 競争の機会:交配相手を獲得する、社会的地位を高める、同盟と裏切りなど
協力の機会は耳障りが良く、言語が進化した理由などとしてもよく挙げられるものだ。しかし、生物はあくまでも利己的な遺伝子の乗り物であり、個体にとって同種の個体もまた競争相手である。生物は進化の説明において日陰に追いやられがちな、同種との競争の機会にもまた晒されている。
セコイアが同種のセコイアから少しでも太陽を奪うために上に伸び続けたのと同様に、人間は食物、性、社会的地位、なわばりなどの資源を巡って競争し、どんどん知性を発達させた。これが社会脳仮説である。
ほぼ同格の知的能力を持ち、その動機に時としてらあからさまな悪意があるような生き物との関わり合いは、認知能力に無理難題な要求を突きつけ、しかもそれがエスカレートし続ける−スティーブン・ピンカー(認知心理学者)
- 性的パートナー
- 社会的地位
- 同盟相手
欺瞞は生命と深く結びついている。それは遺伝子、細胞、個体、集団まであらゆる階層で発生するため、必要不可欠のようにみえる −ロバート・トリヴァース(進化生物学者)
-
自分の心の一部が他者に見透かされる
-
他者が自分を評価するにあたり、その見透かしたものが判断材料になり、報酬か罰かが決まる
ボディランゲージ
-
我々は「ボディーランゲージは無意識に行動される方が適切だ」と感じている(わざとらしく抱擁するセールスマンへの拒否感)
-
言語的コミュニケーションには本質的な意味はなく、「サンキュー」「メルシー」という発音の違いは、文化的な慣習にしか由来しない。だから欺瞞が容易にできる。ボディーランゲージは瞳孔を見開く、一定の距離をとる、全て肉体的な意味がある。だから欺瞞できない
-
社会的地位、性的なアピールを行うボディーランゲージは、無意識で曖昧な方がいい。言い逃れして規範からの罰を逃れるために
- 視覚支配率とは、「相手と目を合わせた時間は、話す時と聞く時でどちらがより長いか」という比率。1.0だと優位性が高く、0.6(つまり話す時にあまり相手の目を見なければ)優位性が低い。自分が話すときにじっと相手をみるのは、自分が強者だとアピールしている
笑い
-
笑いの仮説は3つあるが、いずれも少しずつ正解と間違いを含んでいる
-
-
笑いは本気に対した遊びのシグナルである。笑いが取っ組み合いを遊びのじゃれ合いと、本気のケンカとの区別する
-
爬虫類、両生類、鳥類も笑う
-
人間において笑いは社会的である(誰かといるときは、一人の30倍笑う)
-
笑いは相手を動かすためのシグナルである(遊びであるというメッセージ)、それに相手も笑いだというシグナルを返せば、「君の行動は遊びだと認識している、単なる冗談だと分かっているよ」という両者の了解事項になる
会話
-
会話はテキストとサブテキストがある
-
サブテキストは「自分は同盟相手として有用である」というアピール
-
比喩としては、自分のリュックにたくさん状況にあわせた便利な道具が入っているので、同盟相手として有用だ、というアピール
教育
- シグナリングモデル
- 学生は、難解な科目において、スケジュールに沿って課題を提出し、やり抜く力の証明としての卒業証書を得る。その内容に深い意味はない
- 飼いならす、という役割もある。プラスには、暴力を振るわなくなる、協力の仕方を学ぶ、礼儀とマナーを身につける。マイナスには、非人間的な仕事に馴らさせる、時間厳守させる、非動物的にさせる