75Hzの読書メモ

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読書メモ:「怒り」がスーッと消える本-「対人関係療法」の精神科医が教える

 

「怒り」がスーッと消える本―「対人関係療法」の精神科医が教える

「怒り」がスーッと消える本―「対人関係療法」の精神科医が教える

 


「怒りで損なわれるのは相手の人生ではなく、自分の人生であって、相手の対処を待つというというのは相手に主導権を委ねてしまっていること」
「自分がとっさの怒りに囚われたときには、『単に自分の予定が狂ったから困ってるのだ』と考える」
「人の言いがかりは、相手の心の悲鳴」
などなど、短いながらも含蓄のある言葉が散りばめられている。

 

著者は対人関係療法の専門家でもあり、その考え方をベースにしている。そのため内容は高度なところもある。最初につまづきやすいのは、「役割期待」だろう。対人関係療法において用いられる専門用語である。人と人が交流する対人関係という場においては、お互いが相手に対して「こういう風に考えて、こう行動するものだろう」という期待を抱いている。そこに齟齬があり、自分の期待が裏切られたり、その結果として自分の予定が狂ったり被害が生じると、怒りが生じる。という考え方がベースになっている。「勝手に」「無自覚に」に抱いている期待に気づき、そのズレを修正しないと、小手先のストレス解消で怒りを抑えたとしても、怒りがくすぶりつづけてしまうのだ。

 

近年ではアンガーマネジメントのセミナーも増えているが、アンガーマネジメントがあくまでも「スキル」に特化しているのに対し、この本は、「怒りが生じた対人関係の現場において、それぞれの心に何が起きているか」に着目し、根底から怒りの意味付けを解体することを目的としている。

 

語り口は柔らかで、身近な例(夫が家事をしてくれなくてイラつく、自分のことを決めつけられてムカッとする)が多数用いられ、非常に分かりやすい。可愛らしいイラストも添えて非常に読みやすい文章なのだが、深く読むとその実かなり高度なところまで踏み込んでいることに気がつくだろう。その分、全てを書かれた通りに実行するのはかなり難しい。「こういう風に考えると、行動すると少し楽になるかも」くらいで気楽に読もう。

 

すべてを実践できないとしても、
「相手を変えようとしない」
「あなたを主語にするのでなく、あなたの行動で、私がこのように困っているというように伝える」
「自分は状況をコントロールできる、という感覚を取り戻すと、被害者から脱して怒りを手放すことができる」
といった実践的なアドバイスも多い 

臨床家のための対人関係療法入門ガイド

臨床家のための対人関係療法入門ガイド

 

 日本ではあまり対人関係療法は普及しておらず、おそらく著者の水島先生が本も多く書き第一人者だろう。こちらは医療者向けで、うつ病を主な対象疾患とした対人関係療法についての入門書。

 

日々切れ味鋭く、子育て論からインターネット上に転がるモヤモヤまでをぶった切る「斗比主閲子の姑日記」でも紹介されています。他の記事も非常に面白いです。

topisyu.hatenablog.com

読書メモ:誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性-

 

誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性

誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性

 

 

Google検索データ、Pornhub(世界最大のポルノサイト)の閲覧データを解析し実証した著者による本。

ベースはビッグデータ解析についての本で、他の研究も豊富に紹介されている。

アメリカに暗然と存在する人種差別について明かしたり、中絶を厳しくする法律が施行されると非合法な中絶数が増えることを示すなど、かなりヘヴィな内容も含まれるが、著者のユーモアでそこまで重くならずに読めた。

途中でちょっと非モテっぽい自虐ネタを入れたりと、アメリカのギークの雰囲気が少し伝わってくる。

結局ビッグデータで明かされるのは「ああ、そう言われてみればそうだよね」という内容も多い。
例えばセックスレスについて検索するのは女性が多い。直感には反しているかもしれないが、妻とセックスレスの夫に比べ、妻のほうが「他所で」解決するのは困難だから、それは検索数も増えるだろう。とも考えられる。

Pornhubのデータで筆者にとって「衝撃的」であったのは、男性の欲求対象として「女装した男」(検索順位77番目)、「おばあちゃん」(110番目)などがあること。そして女性によるPornhubの検索の25%は、女性がかぶる苦痛や恥辱を強調した動画であり、5%はどう有為を伴わないセックスの動画を(同サイトでは禁止されているにもかかわらず)探している。ということであった。

これは日本人にとってみれば日本の男の娘や、レディコミック、少女マンガで描かれる性ファンタジーを見れば一目瞭然でもあるだろう。

 

 

ビッグデータで明かされるのは、社会の本音であり、露悪的だと感じる人もいるだろうが、それでもこれからの時代はデータを使いながら少しずつ前進していくしかない。オバマによる道徳心や寛容さを説く演説は、各社新聞紙に絶賛されたが、その裏では人種差別的な検索が増えていた。一方で、多くのアメリカ系イスラム教徒は、スポーツヒーローであり愛国的な兵士として国を守っているという演説の後には、イスラム教徒に肯定的なキーワードをつけて検索されることが増えた、というデータは示唆に富む。

 

本の最後の章ではビッグデータ解析があまり有用でない分野(投資など)や、危険な使われ方(社会スコアなど)についても触れられており、バランスがとれた内容になっている。あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠 にも通じる内容であり、それだけビッグデータ解析がコモディティ化してきたということでもある。

 

あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠

あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠

 

 AI・ビッグデータの使い方について「数学破壊兵器(Weapons of Math Destruction)」という造語で警鐘を鳴らす本(大量破壊兵器massと数学mathをかけている)。当然だが若干内容がネガティブに寄っている。

読書メモ:ランディ・オルソン『なぜ科学はストーリーを必要としているのか──ハリウッドに学んだ伝える技術』…

 

なぜ科学はストーリーを必要としているのか──ハリウッドに学んだ伝える技術

なぜ科学はストーリーを必要としているのか──ハリウッドに学んだ伝える技術

 

 

なぜ科学はストーリーを必要としているのか。

それは人間の脳がストーリーでしか理解できないからである。

現在科学業界で標準的とされるIMRAD形式の論文はつまるところハリウッド言うところの三幕構成、つまり【Introduction → Methods Results → Discussion】で構成されている。
これは紛れもないストーリーの骨組みである。

しかしながら、科学者は、科学がストーリーの形式で人々の間を伝達されることにあまりに無自覚であり、そのコストが学生の居眠り、ワクチン問題、放置される温暖化問題として現れている。

したがってこの私、海洋生物学で教授職を得たのちに、自らそれを捨て去り20年間ハリウッドで修行してきたこのランディ・オルソンが、ストーリーの大切さを科学者どもに教示してみせようではないか。


…とまあ大まかにはこんな感じの内容である。
20年前、筆者がハリウッドに転身したときには相当先見的な視点であったことは間違いないが、最近では割とこのことに自覚的な科学者も増えているようには思う。

 

 

読みながら、村上龍が言っていた「すべての物語は穴に落ちて、そこから這い上がる」という言葉を思い出した。おそらく古今東西にこういった言葉があるのだろう。

そういう観点から見てみると、Introductionで舞台設定し、込み入ったmethodsとジャンクデータのようなresultsの藪の中に迷い込み、なんとか意味ある結果を見出して、conclusionに帰還する。これも穴に落ちて、這い上がる過程に似ている。

 

ハリウッド仕込みをアピールするだけあって、読みやすく、さらさらと読めたが、根本的に物語は人の脳内しか存在しない虚構であり、世界には意味も目的も課題もなく、科学は本来的には世界を説明し予測し制御するためのものである、ということには常に自覚的でないと危険なこともあるように思った。